日本の住まいと断熱

3. 現代日本の断熱事情

快適な住まいの追求とともに、
住まいの断熱」は進化してきました。

伝統的な日本の住まいづくりに最初の変化が訪れたのは1948年。都市防災を目的とした建築基準法の制定がきっかけになりました。
この建築基準法の目玉は屋根を不燃材料※1)で葺くことと、外壁を防火構造※2)にすること。これによって日本の住まいは長く親しんできた屋根の断熱性と壁の通気性を失ってしまったのです。

次の変化は1979年に訪れました。2度にわたるオイルショック(※3)を経て住宅断熱の必要性が高まり、省エネ法が制定されました。この法律をもとに省エネ基準(「昭和55年基準」)がつくられ、その後住宅金融公庫の融資条件に組み込まれたことで、住宅での断熱化が普及していきました。

※1)不燃材料・・・・・通常の火災で一定時間燃えず、有害な変形やガスをださない材料。

※2)防火構造・・・・・外壁については通常の火災で30分間構造耐力上支障のある損傷を生じないこと。また軒裏を含めて室内側が30分間一定温度以上にならない構造。

※3)オイルショック・・第一次オイルショックは1973年の第四次中東戦争、第二次オイルショックは79年のイラン・イラク戦争をきっかけにおこり、原油価格の高騰を招き、日本ではトイレットペーパーの買い占め騒動がおこった。

一方でアルミサッシやビニールクロスの普及に伴い、日本の住宅は中途半端な気密性を持つようになりました。
ここに十分な結露対策がないままに断熱化したことで、「ナミダタケ事件」(※)などの結露被害が社会問題となりました。

省エネ法は湾岸戦争をきっかけに改正され、1992年に告示された「平成4年基準」では、断熱性能の強化が図られました。

解説

ミダタケ事件

1980年、北海道で新築3年目の住宅の床下にナミダタケが発生し、床が腐り落ちるという事件が発生しました。被害は道内に拡がり、マスコミでも大きく取り上げられました。ナミダタケはノドタケ科の木材腐朽菌。建物の湿った所に繁殖し、白色から暗褐色になります。発育中は水分を含み、涙のように水滴を出すのでこうよばれます。

1990年代の後半には「地球温暖化防止」が世界規模での課題となります。
1997年京都で開催された「第3回気候変動枠組条約締結国会議」で採択された「京都議定書」を背景として、1999年に生まれた「平成11年基準」では、断熱性が大幅に強化されました。

「平成11年基準」の特徴の1つは、全国を気候条件に応じて市町村ごとにⅠ~Ⅵの地域に分けて基準値を示したことです。これまでの県ごとの地域分けに比べて、より気象条件に応じた住まいづくりがもとめられるようになりました。また、全地域において気密性能を確保することと、計画換気や暖房設備に関する規定が追加されました。
2001年にスタートした「住宅性能表示制度」でも、温熱環境分野のなかで、この「平成11年基準」が最高ランク(等級4)に位置づけられ、後に「住宅エコポイント制度」にも適用されました。

2011年3月の東日本大震災によって、日本は再び深刻なエネルギー問題に直面します。
翌年7月には国土交通省より「低炭素社会の実現に向けた国のロードマップ(低炭素社会に向けた住まいと住まい方の推進に関する工程表)」が公表されました。ここでは全ての新築住宅・建築物について、2020年までに省エネ基準への適合義務化が建物規模によって順次導入されることが示されました。

2013年には「平成25年基準」が登場、14年ぶりの基準改正となりました。
これまでの基準が建物の「外皮」の断熱性のみを評価していたのに対し、「平成25年基準」では国際的に使用されている「一次エネルギー消費量」を指標として、設備性能を評価。これにより建物全体の省エネ性能を評価できる基準となりました。

建築部門のエネルギー消費量の増加に対する抜本的な対策強化の観点から、2015年7月、「建築物省エネ法」が新たに公布されました。同法は規制措置と誘導措置の二つに大きく分かれ、誘導措置が2016年4月1日に、そして規制措置が2017年4月1日に施行されています。
誘導措置には省エネ性能に関する表示制度や、性能向上計画認定建築物の容積率特例が含まれています。
規制措置には2,000m2以上の非住宅の省エネ基準適合義務化と300㎡以上の建築物の届出に加え、「住宅トップランナー制度」が組込まれました。
これにより従来の「省エネ法」は2017年3月31日で廃止となりました。省エネ基準についても「平成25年基準」を一部見直し、「建築物省エネ法」に基づく「平成28年基準」が2016年公布されました。